曇天の存在


いつも窓は曇っていた。窓の外も曇っていた。だから帰結する感情は今日も曇り。曇りのち曇りのち曇りのち曇りのち
晴れるのを待っていた、仄暗く色付かない真四角の空間で。




生きていた、とかげのように慎ましく、金魚のように悠々と、カラスのように神経質に、生きていた。それは事実だ。

もがいていた、箱庭をひっくり返しては組み立てる。ポストも車もおかない、「外部との断絶」を意味するらしいがそれも事実だ。

息をしている、呼吸、トルソーに着替えを施す、上品なアンティークのレース。




朝から晩まで曇っていた、昼夜は存在しなかった、窓から眺める世界は変わらない。見えるのはひとつの朽ち果てた女だけ。
世界は曇っていた。日に日に曇ってゆく、苔むしてゆく、濁る視界、まだ生きている。




「こっちを見ないで」
「亀の分際で」
「わたしの何がわかるの」

髪をかきむしる。汚れきった水槽に放り込んだのに、眼の粘膜はぬるりと光ってこっちを見ている。全てを知った顔で甲羅から四肢と、頭を出して。




朽ち果てた女がまたこっちを見た。裸で怯えて生きていた。そう、生きていた。曇った窓の外で女は生きていた。
生きていた。晴れるのを待っていた、生きていた、生きている。晴れるのを待っている。




誰もが生きていた、肺呼吸は続行された。睨み合いだった、生きていた。この正方形の部屋で今日もふたつの生命とひとつのトルソーが、軋みながらも途絶えずに。生きていた。




ああ、幸福なりや。