午後のスコール


がらりとベッドの下からマニキュアボックスを引っ張りだす。そういえばもう前に爪を塗ったときから2週間も経っているんでした。こんな風に私のお洒落はいつも爪が甘い。お洒落さんといわれることを一通りやってはみるけれど、同じようにお洒落の一貫で鬱も患ってしまった私である、それはつまりお洒落をする意欲がないということだ。
もー思春期って面倒臭い、文学部志望ってさらに面倒臭い。恰好つけで買ってみたベレー帽は結局一度も被ることなくなくしてしまった。私なんてそんなものである。

薄紫がはがれた爪はそれはそれは見っとも無くて、ああ早く落とそう、除光液はどこかしら、早く落としたい、でも面倒臭いなあ、塗りなおしで済ませちゃおうかな、いやそれはまずいかな。
ぐるぐるお洒落のことを考える。考えている内容は怠惰そのもので決してお洒落ではない。

コットンにゆっくり除光液を染み込ませて、つんと鼻を突くにおい。窓を開けるのを忘れていたが面倒臭いからまあいいだろう。このまま死んでしまうなら、それならそれも良いか。
ゆっくりと解ける薄紫を見ながら、ぐるぐるとそんなつまらないことを考えていた。

あああ曇天 曇天 気が滅入るわ。午後はいやらしい雨が降るに違いない。いっそざあざあ降ってくれればいいのに、真夏のスコール、あの重く暑く立ち込める空気。

そして私はせっせとマニキュアを落としていった。ほんとうにこの匂いが毒で、気を失ってしまえたらいいのになあ。
左小指を見る、薄紫はすっかり落ちて、形の悪い爪が露呈している。酷い噛み跡のある爪。包帯でぐるぐる巻きなのはその隣、左薬指。三分の一ぐらいを欠いてしまっている。包帯を解くのはマニキュアを落とすときだけ。まるで封印…そう、封印なのだ。

雨が降り出す、しとしと降り出す、降れ降れもっと降れ、迎えにきてくれる人はいないけれど、降れ降れ、とにかくもっと降れ。こんななよなよしいばかりじゃなにも変わらないでしょう、水浸しにしてしまうくらいがいい。なあに、もう全部腐ってる、躊躇うことはないわ。

筆にとった水色のマニキュアを小指の爪に塗りつけながら、私は「恋はみずいろ」を輪郭をなぞるよう口ずさんでいた。
しとしとと、そしていずれは、ざあざあと。
そう、私は思い出していたんだ。しとしと、ざあざあ、思い出していたんだ。