かぐや

赤ん坊を拾ったの、女子。或る晴れた日の散歩道で。
美人の面影はないけれど愛嬌のあるまるい一重瞼の瞳で、赤ん坊は私を見ていた。赤いセーターを着て、見上げてくるその子を抱き上げると、彼女は嬉しげに目をぴかぴかさせて手足をじたばたと動かしたの。生まれついての母性かしらね、私は彼女をとても好ましい存在だと認識したし、愛おしいと感じたわ。
でも彼女のふくよかな頬にはくらくらするほどの既視感を覚えた。知っている、と咄嗟に思った。
私は彼女を知っている。
私は彼女の、行く末を知っている。


混乱する私に白に色付いた声が降ってきたのはそのとき。


「その子を遠くに投げ捨てなさい」
「……」
「その子は」
「この子は17年前の私でしょう」
「その子は諸悪の根元、鬱の正体」
「この子は……」
「その子が鬱の正体。投げ捨てればあなたは楽になれる」
「……」
「投げ捨てなさい」


投げ飛ばしたときの記憶はない。きっと彼女が哀しげに顔を歪めたから、記憶から消去されたのはその所為のはずで。
神、あなたは無情。と思うより素早く、よくできましたと微笑んで声の存在は消えていった。
私はしばらくその穏やかな道に立ち尽くしていたけれど、次に顔を上げるときにはどんな感情も浮かべずにいた。散歩の、途中。


歩き続けながら私はひゅるり口笛を鳴らした。絵に描いたような晴天によく馴染んで溶けていったの。


声、あなたこそが鬱の正体ですか。


最後の問いかけに答える存在はなくて、私は赤ん坊の重みの忘却に腐心することにしたわ。