天使の詐欺師

――泣かないでいいよ 街は荒野で行くしかないよ行くしかないよ




僕の大好きなあの子はとんだ天使でとんだ詐欺師だった。膣がふたつもあってさ、こっちは僕ので、あっちは本命くんのらしい。彼って誰だよって問い詰めたら渋々「……弟。」だってさ、本命は弟くんらしい。なんだ、近親相姦かようと呆れながら僕はあの子が大好きだ。


あの子が膣を入れ替えている。僕が好きだからだ。



「わたし人間じゃないからこんな芸当ができるのです」
「はあ?」
「わたしは君に愛情を与えます。天使です」
「わたしは君に絶望を与えます。詐欺師です」
「わたしは君に絶対的な愛情なんて注ぎません。浮気だからです」
「わたしは君がそれでも好きです。天使ですか悪魔ですか」



あの子はぽろぽろ泣き出して、僕はおろおろ。



「わたしは君の天使ですか詐欺師ですか」
「この世界は汚いです。近親相姦は罪です。罪は存在します。生き証人です」
「汚いわたしはそれでも天使で居られますか、君はわたしが要りますか」



ぽろぽろ泣くからおろおろ、抱きしめた。抱き返す腕なんてなくて。
初めて気付いた事といえば彼女の肩には三つくらい傷があったことだ。



「一昨日です。初めて切りました。こんな醜いわたしは天使じゃないです」
「でも君を騙してもいないよね、詐欺師じゃないよね、嫌だよ、汚れたくないよ」



キスをしてもあの子はのってこないので僕は髪を撫でてあげました。
そうしたらあの子はいよいよ泣き出して(うわあああああん)、寧ろほっとした。



「弟に、弟に彼女が出来ました」
「当たり前です。わたしは姉だからです。ずっと一緒には居られないって知ってました」
「それでも。わたしは精一杯愛してきました、この二本の腕で」
「君らしく、不器用に?」
「はい、わたしらしく不器用に。愛してきました。二本も腕があったので」



あの子はどうしようもなくうろたえた様子で、失礼、と言って手洗いへ去ってゆく。用を足すか顔を洗うか吐くかのいずれかだと思う。



「ねえ君、泣かなくていいんだよ」
「でもわたしは哀しいです。哀しくて堪らないのです。膣も上手く付け替えられません」
「ひとつでいいよ、もう僕しかいないから」
「でもだめです、これは大切な弟のです」
「僕のだから。」
「君は死ねばいいです、最低です」
「でも、おいで」



あの子が擦り寄ってくると知っていて僕は手を広げた。案の定飛び込んできて、僕の勝ちだな、と悟った。あの子はもう僕が手懐けた。



「(あんた、悪い子じゃないよね、変態だけど)」
「聞こえるように言ってください。枕が邪魔です」
「なんでもないよ」



にっこり笑って僕は優しい。心の底から優しい僕。愛しい愛しい僕。



「ちょっと僕もトイレいくよ」



とんだ詐欺師は僕もそうで。だから街は、シビアだよ。泣いていたら置いていかれるよ。
僕にも付け替えられる性器があったらいいのに、と思いながら少し吐いた排他的行為。


僕も君もきっと、あれだ。裸足で泣き笑いで荒野をかけてくんだ。ときどき裸体で。
君は天使で君は詐欺師。僕も天使で僕も詐欺師。お互い宜しく仲良くやろうよ。
どうせ最後はみんな死ぬから。
死ぬから楽しく飛び回ろうよ。


胃液が喉をやいた。嘘吐きペテン師。