スロウカプセル(改)

友達が笑いながら手を振って落ちる。落ちてきている。



「あ、ばか」



僕はそれを冷やかに見つめる。先ほど近くのコンビニで購入したラッキーサイダーを飲みながら。フルーツの味が濃くて、炭酸が弱い。おまけに「あ、ばか」と言った所為でむせた。アンラッキーサイダーじゃないか、でも嫌いな味じゃないなあ、また買っても良いかもしれない、これ限定品だっけ、またコンビニに行って確認してこなくちゃ。


などとひとりモノローグを展開している今この瞬間にも、重力は間違いなく万物を地面に留め付けようとしている。従って友人も落ちてくる。彼女は「えええ」と目を丸くしながら例に洩れずきちんと落下していた。ここで抱きとめてしまったら流れで付き合うことになるような気がした。僕らは若いから。


「好きです」
「実はこちらこそ」


なんてやりとりは理想形の妄想。抱き合ったらその柔らかさに好意を抱いてしまうもの。
僕は惚れやすい人間であることを自覚している。しかしながら、そんなに恋という行為や駆け引きが好きな人間でもないし、別段恋をしたいとも思っていない、が、したくないとも思っていない。


だから僕はあえて真逆の行動をとる。だから?接続詞がおかしい。仕方ない、友人が落ちてくるという非常事態だもの。



「ねえ、ちょっと落ちるまじで落ちる」
「てゆうか、素朴な疑問なんだけどー」
「何」
「なんでお前落ちてきてるわけ?」
「ん、なんかあ…なんとなく?」



 彼女は頭がちょっと足らないのかもしれない。もっともこの状況で細やかな説明をされてもどうしようもないのだけれど。
 


「そういやお前、陸上部だよな」
「イエース」
「陸上部なら着地くらいできそうだな」
「なにその偏見。できるだろうけどさあ」
「まあここ芝生だし、大丈夫だって」



そういえば、少女が、落ちてきている。
すっかり忘れていた。



一世一代の劇的瞬間を目の当たりにする、例えば交通事故に遭うまさにそのときなんかは、見ている景色がスロウモーションになるというが、あんなものは嘘だと思っていた。少なくとも、こんな悠々と会話できるほど感覚が引き伸ばされるとは思いもしなかった。
 

不思議と落ち着いている、心地良い。



「いい加減落ちてこいよ」
「なんかさ、こういう映画あったよね」
「は」
「少女落ちてくるやつ」
ラピュタ?」
「それそれ」



明るい声と溜息が重なる瞬間があり、そして不意にまったく不意に、空中にいる彼女と地上にいる僕が付き合うことになっても良いかな、なんて気紛れが過ぎった。それは きっときっと、少しだけ楽しいことだろうという憶測。
どうせこうやって空を眺めるしかやることがない僕だ、なにが変わるわけでもなくただ彼女が彼女になるだけ、なんだろう。そして平凡な行き違いから別れたりするのかな、付き合うことになるだろうということさえ想像なのに僕の思考はふてぶてしい。そのふてぶてしさを、空を、落ちてくる彼女を、僕は直視していた。



太陽が目に染みる。



「なあお前ってマゾヒストー?」
「いや、痛いの嫌い大嫌い」
「じゃあ受けとめてやろっか」
「ありがとう」
「こっちまで流れて来いよ」
「はああ、意味わかんない」
「受け止めてやるから来いっつってんの」
「有難う。潰す勢いで落下してやる」



スロウで落ちてくる頭の足りない女と空を見上げる口の減らない男、まわりから見た僕らはどんな風だろう。物凄く早口でやりとりしているように見えるのだろうか。



光の速さで、愛せよ。




視界が暗くなり空が消え、僕は彼女の影にすっぽりと入ってしまう。頭上一杯のセーラー服。風にふうわり捲れる丈の長いプリーツがただ視線を留め付けて、まるで重力。それだけでもう全部どうでもいいと、思ってしまったからそれでいいよ。