鏡よ鏡


少女はいつも眠るときは、丸くなることにしているのだけれど、でもなんだってどうして丸くなるのかしらね。胎内回帰願望だなんてまさか、今更そんなのってださくなーいって笑っているのは、否めないなって思ってるからなんでしょうね。
ふふ、可愛いね。あたしカワイイネ。こんなに可愛い少女であるあたしが愛されてないのはどうしてだと思うって鏡に向かって尋ねてみるの。鏡よ鏡、カワイイカワイイ少女であるあたしをいちばん愛しているひとの姿を見せてって。そうしたらさあ、自分の顔が映るから、びっくりして鏡、叩き割っちゃった。だってさあ、ここは王子様とか映すところじゃないの。なんであたしが映るの。そっかそっか、それが鏡の機能だからかあ。でもごめんね、仕事を果たしてくれたのに、もう割っちゃった。破片を拾い上げたら血を流してしまうかもしれないから、でもいま箒で掃く気にもなれないから、とりあえず大きめの破片をもう一度覗きこんでみた。ねえ、もう一度だけチャンスを上げる。鏡の残骸よ鏡の残骸、カワイイカワイイ少女であるあたしをいちばん愛してるひとの姿を見せて。


鏡に映ったのは今日の仕事を終えてようやく深夜に帰ってきたくたびれた私の顔だった。そうだね、カワイイカワイイって自分に言い聞かせて自我を保っていたような可哀相な少女のことを、私が愛しているのは、確かなことだ。鏡は嘘をつかないから参るなあ。もう本当にご名答、その通り。私、いつまでも、あの頃の自分を愛してしまっているようで、どうにも仕方ないなあ。そんなことより明日も仕事だから眠らなくちゃ。ああ、その前に化粧を落としたりしないといけないな、面倒くさいな。でもシャワー、浴びに行こう。


やっとベッドになだれ込んだ君は疲弊しきっているね、今日も一日お疲れ様。ところで、どうやら気づいていないみたいだけれど、君、未だに眠るときには丸くなるんだよ。胎内回帰願望かなんて尋ねたら、きっと鼻で笑うんだろうな。あの頃のカワイイ少女みたいにさ。

続・四畳半


彼女の上をいくつかの夏と何人かの男が通り過ぎて行って、季節は秋で、つまり春は終わって、だからこうして彼女は顔を覆ってうなだれているのだろう。
眼前に並ぶ10個の爪は粒が揃っていて、それはピアノの黒鍵を思い出させた。飲食店で働く彼女は爪を短く整えているのだが、鋭いその爪が引っ掻いてきたであろう男の背中を思う。

カップラーメンを啜り終えた20時頃、古い木製のドアがギィと開いてまず目に入ったのは爪、顔を覆う手の指だった。


「さくらはここに戻ってくると思ってた」


並んだ爪はするりと落ちて解ける。現れた目は疲れて怠そうで、お前どけよ玄関に突っ立ってんじゃねえ邪魔だよ、なんて乱暴なことを言う。


「夏は終わったのにね、ただいま」
「夏は終わったからね、おかえりなんて言ってやらない」


少し前の夏、この四畳半の畳の部屋で、私は彼女とふたり暮らしをしていた。
「ひとつの部屋でひと夏過ごして、ダメになりたい」、どちらともなく唱えた言葉にそれはもう忠実に。
さながら脱水症状を起こしたみたく、ただひたすらぐったりと過ごし続けたのは、冷房がなかったからだけではないだろう。


「あは、そこ茶色くなってる」
「見るたびにぞっとするよ、その血痕」
「つばきのジュースの染みだって布団に残ってるんでしょ」
「畳に血痕つけるよりマシ」


さくらは靴を脱いで、小綺麗なパンプスを汚い玄関に汚く放り投げた。そういえばついこの間まではずっとこんな感じだったことを思い出す。


「つばきはもう少し靴を買えばいいのに」
「うるさい」
「夏も冬も革のブーツって」
「節制です」
「薬代が掛かるから?」
「……」


思わず黙った私に、彼女はあからさまに嫌な顔をする。
彼女はどうやら私が眠るための薬を飲んで生活をするのが気に食わないらしく、一緒に暮らしていたときには何度も取り上げられた。
そして、「薬がないとダメなくせに喋んなクズ」「フラミンゴ握りしめて手首ズタズタなお前に言われたかねえよ」から始まる不毛な罵り合いを飽きるまでするのだから、どっちもどっちだ。


「薬、夏だからって言ってたじゃん」
「冬は日照時間が短くなるから」
「春は」
「出会いと別れと花粉があるから」
「バッカみたい」
「愚かな痴れ者ですので実家に帰らせて頂きます」


彼女に背を向けて押入れを開けて身体を捩じ込と、懐かしい!と声が飛ぶ。そうだ、つばきってそんな感じだった!無視をして内側から押し入れを閉じた。


「あ、冷蔵庫借りるね。ワイン買ってきたんだ、スパークリングのね、おいしいやつ」


冷蔵庫を開ける音を聞き流しながら、毛布を身体に巻き付けて枕を抱き締めて丸くなる。押入れのなかでのお決まりの姿勢だ。
でも夏には毛布なんてないはずだから、どうしていたっけ、下着1枚でタオルケットを抱いていたような気がする。もうよく覚えていないのだけれど。

押入れ越しにジッパーを下ろす音がして、まもなくしてノートパソコンの起動音とそれをタイプする規則正しい音がし始める。懐かしい!そうだ、さくらってそんな感じだった!
彼女のあの爪が、このカタカタという音を並べているのだという事実は、とてもしっくりくるものだった。
どうせTwitterにくだらないことでも書いているのだろう、蠢く爪が波打つのを想像しながらその音を辿った。

ト、ト、ト、正しい変換を探すスペースキー。タァンと叩きつけるエンターキー。
くぐもった生活音はたぷたぷの水の中みたいで、瞼がどんどん重たくなってくる。


「……さくー、」
「はいはい、どうしたつばき」


私は薬も飲まないまま、ひどく深い眠りに落ちてゆく。

それでも、どうせ真夜中過ぎには目が覚めてしまうだろう。そのときに彼女が起きていたら一緒にコンビニに行って少し食材なんかを買い足そう。
さくらがこんにゃくの炒めものを作る間に、私は秋の間放置されていた食器を念入りに洗う。彼女は潔癖症気味なのだ。
そして、きちんと冷えたスパークリングのワインで乾杯して、夏が終わってからのお互いの報告なんかをしよう。つまらないバイトだとか、くだらない男だとか、あとそれから冬の過ごし方だとか、そんな話を。


:::


ある方の書いた「四畳半」という夏の物語の続きを書かせて頂いたものです。

四畳半ネットワーク


青年がその四畳半で考えていることといえば、大体総てのことだと言えるだろう。
切れかけている蛍光灯を変えるまでの手間であるとか、聞いたこともない国の通貨の流通についてであるとか、肉体を保持したままイデア界に行く手段であるとか、カブトムシが完全変態の昆虫であることとか、ゴシップ記事に対して興味を惹かれる人々の心理であるとか、それは実に多岐に及んでいた。
ただひとつ、自分が死ぬことについてを除いての話であるが。

勘違いしないで頂きたいのは、別に怖いからではなかった。
青年はとことんあらゆることに関心がなかっただけであり、だからこそ目についたもののことは何でも調べた。無関心だからこそ際限なく調べ尽くすことができた。
ただ、自分が死ぬことについては目に入る場所になかった。それだけのことである。


四畳半には押入れがついていて、彼はそこの上段に腰掛ける。
膝の上にノートパソコンをおいて、電源をつければ立ち上がる便利なインターネット。四畳半にだって無線LANぐらい入るんだ、と青年は思う。誰かに伝えたいわけではないので思うに過ぎない。非常に自己完結的な感情だ。
彼とパソコンと四畳半とをこの世界に結線するのは、たらりと垂れる充電ケーブル。

「ミネラルウォーター 2000ml 軟水」と入力、適当なオンラインショップで購入ボタンをクリックする。
押し入れから足をぶらぶらさせて閑散とした畳を見下ろす。せんべい布団というほど粗末なものではないが、高級とも言いがたい。
彼の生活は、四畳半という言葉がイメージさせるような貧乏臭いものではなかった。むしろ青年は気品のある風情であったし、それは四畳半というのが過不足なく彼に沿っているからなのだろう。過不足がないというのは美しい、彼は自分に不必要なものをむやみと求めたりはしない。

もう3時間もすればゴミ出しに行けるだろうか、片付いた部屋は築30年相応に古ぼけてはいるが、清潔に保たれている。おそらく彼は几帳面な性格といえるだろう。その割に生活感のなさそうな雰囲気が濃くて、相容れないその様子はどことなく研究者然としていた。

一度押入れから降りた彼はCDデッキに歩み寄り、電源を落とす。それに伴って電波に乗って入り込んでいたラジオ番組は途切れた。再び押入れに腰掛け直すと、手慣れた様子でパソコンからソフトを起動して音楽を再生する。
曖昧にゆらゆら揺れるエフェクターの掛かりまくった曲を聴きながら、彼は両腕をパソコンから離した。肩の力がくたりと抜ける。手足をぶらりとさせながら、青年は無機物のようになった。

部屋から、おおよそ有機的なものが消える。


何曲再生した後だろうか、青年はゆっくりとパソコンを膝から下ろし押入れに置いた。
彼は、音楽を聴いて、感動とか、するのかしら。
冷蔵庫から取り出した2000mlのミネラルウォーターを片手鍋に放り込み、麦茶を煮出す。ぐつぐつ煮える音とパソコンから流れる音楽が混ざり合う。

青年は、鍋について考え始める。鍋、そうだな、中華鍋だ、中華鍋について考える。明日には忘れてしまうことを考える。
麦茶が出来上がる頃、そうだやかんを買おうと3日に1度は考えることをまた思い出して、そんなことだってすぐ忘れてしまうのだけれど、だから今日こそ忘れる前に。

押入れに腰掛けて「やかん 購入 amazon」と入力しながら、音楽の再生が終わっていたことに彼はようやく気付くのだ。
充電ケーブルが揺れている。目を閉じる。断線しづらいケーブルについて考える。彼はいつも何かを考えている。もちろん、自分が死ぬことについてを除いて、ではあるが。

黒い踊り場/白い団地


突き抜ける青空に旋毛からまっすぐ射抜かれる思いでいると、一面に蝉の声が散らばっているように聴こえたがそれは気のせいだ。
まだ入道雲も立たない6月の末、出来損ないの夏が組み上がってゆくのを眺めていた。

階段の踊り場には大きな窓がついていて、たっぷりと日光を部屋に取り入れるのでひどく明るい。その陽射しの鋭さだとかから夏の近さを思う。
緑がかった黒い階段にぶつかった日光はてらりと反射して、そこだけ白く見えた。日陰の部分とのコントラストの差が強くて目が回る。
蛍光灯の明かりが微かに届いて、ちかちかするのが障るな、と思った。


夏が来るね、と踊り場の真ん中ででステップを踏むようにして振り返った葉子が適当な節を付けて歌う。
夏が来るね、とそれをぎりぎり陽の当たらないところから眺めていた。


「夏が来たら何をしよう」
「何もしないわ、作りさしのレースを編んで、洗濯をして、ボトルシップを組み立てて、たまに海を見にゆく」
「夏が来るのに」
「夏が来るからよ」


葉子が溜息をつく。夏が来るから、と溜息をつく。


「夏になるとさあ、サイレンの音がするじゃない」
「いつだってしているわ」
「学校だと気にならないんだけど、なんか」
光化学スモッグ警報だとか」
「ああ、気が滅入る」
「さっきも警報出ていたの、知ってる」
「知らなかった」
「ほら、そんなものなのよ」


日差しを背中にたっぷり受けた葉子のセーラー服の後ろ身頃は、きっとじりじりと汗を吸っているのだろう。白いセーラーブラウスで全部を隠して見せる彼女の器用さに私はいつも、器用だなあとまったくそのままのことを思う。器用だなあ。

葉子はなにかと上手く立ちまわるのが得意な人間だった。
別段これといって秀でているというわけではないのだけれど、がさつでずぼらで粗だらけなのだけれど、締切を破ったりして顰蹙を買うことこそあっても、大体のひとは葉子のことを好いていた。
どうして葉子が好かれるのか私にはわからないが、それは私が色々なものに無関心で無頓着だからかもしれない。実際、葉子のことは別に嫌いではなかった。関心があるかといえばよくわからない。


「ボトルシップ、完成したら見せてね」
「嫌よ、葉子壊すもの」
「壊さないよ」
「壊して、しかも見つからないように隠すもの」
「隠さないよ」


あはは、と笑う葉子の顔は逆光で見えないから、声だけが空回っているのかもしれなかった。彼女が笑っていようがどうでもいいけれど、でもやっぱり少し気になる。
彼女の影をとんとんと踏んで踊り場の中央まで進んだ。厚手の制服の紺は光を通さない、じんわりとした熱だけが肌に映った。


「睦子の洗濯って細かそう」
「普通よ、洗濯機のなかで回ってもらうだけ。洗剤を溶かした水を沢山注いで回ってもらう」
「普通だね」
「何を想像したの」
「歯ブラシと白いタオルで叩き出す、みたいな」
「なにそれ」
「知らないの」
「洗濯機の動かし方ぐらいしか知らないわよ」


出来損ないの入道雲もどきがこっちを見ている。葉子の背中を見ている。葉子の影に守れられて、私は脅かされることなく踊り場に立つ。
葉子があんまり面白くないことを言った気がしたけれど、あまりきちんと聞こえなかった。編みさしのレースの次の段をどう展開するかを考えていた。


「あ、またサイレンの音」


葉子の瞼が閉じる音がする。


「上手く聞こえない」
「睦子さん、嘘はやめてください」


大きな音がする。
サイレンがわうわうと鳴いているのは耳に痛いから聞かないようにしたかった。
そっとそばだてれば熱でアルミサッシが膨張する音が聞こえるのでそちらに集中したかった。


「プール開きっていつだっけ」
「うちの学校にプールなんてあったっけ」


夏が来るから屋上へゆこう、葉子が言う。
夏が来るのに屋上へゆくの、そう返した。


「誰よりも早く、真っ先に、夏をまぶそう」


手を叩いて提案するや否や、葉子は階段を駆け上がる。情報処理しきれなかった私の腕を引いて一段抜かしで昇ってゆく。手を引いてもらえるだけで随分と体力の消耗具合が違うなあと思った。
ゴム底の上履きがぎゅっとしなって音を立てる。摩擦係数は来週の物理の授業でやるので予習した。葉子はたぶん授業で指名されてべそを書くだろうから、そのときは笑ってやろう。


「葉子ォ」
「なあに」
「夏が来たらさあ、私たち、ひとりだね」
「何言ってるの、初めからひとりじゃない」
「ふん、つまらない」
「その辺きちんとわかってる女なんです」
「ナマイキヨーコさん」
「ヘンクツムツコさん」


あっかんべー、と言う葉子は掃除の時間に箒をギターに見立てて遊ぶ。ロックスターのふりをして遊ぶ。


「偏って屈折するって、出来損ないの万華鏡みたいでいいですね」
「出来損ないだけどいいの」
「人間じゃないから、いい」
「なるほど」


はたして屋上へのドアは鍵がかかっていた。誰かが出入りする隙間も見当たらなかったし、壊すほどでもなかった。
葉子はぜえぜえと肩で息をして、残念そうに溜息をつく。


「夏なのに」
「夏ですから」
「教務課のけち」
「学生課じゃないの」
「どっちでもいいけど」


引っ張られてきたからか彼女ほど辛くはなかった。とはいえ、普段運動をしない身には堪えないわけでもなかった。
疲弊の色を滲ませれば、ごめんね、と蚊の鳴くような声で。別にいいよと言う代わりにセーラーカラーを少し引っ張る。
疲れたでしょ、と蚊は続けた。どうでもいいよと言う代わりにセーラーカラーを思い切り引っ張る。


「っで!」
「放課後、団地の前で」
「え、何」
「なんでもない、ほら終礼間に合わないわ」


家に鞄を置いたら、着替える前にあの白い団地までゆこう。葉子には聞こえなかったみたいだし、夏だから、だからひとりでゆこう。
あそこは誰でも屋上へ入ることができるから、私はそこを駆け上るのだ。

そして、ひとりで、夏を、始める。

その一幕


「ネジに、毛皮に、スタンドランプ……は違くて、」
「ミルクは」
「腐ったミルク?」
「いや、砂が落ちてる」
「砂が落ちてるミルク」
「透かし模様の便箋、た、た、たた、端末も入れよう」
「ホウ・レン・ソウ」
「ホウ・レン・ソウ」
放射線・レントゲン・走馬灯」
「そうそれ」
「そんなだっけ」
「ああ」


準備は非常に淡々と進む。


「隙間、隙間はいけない。このあいだ虻に噛まれてふたり死んだ」
「西南西こそ見上げちゃいけない、あの星を見ると首の後ろの糸を引かれて連れられる」
「傀儡になるのはいやだ」
「くぐつ」
「傀儡」
「ぐつぐつ」
「傀儡」
「……あ、シチュー食べたい」
「じゃあこれ、ミルク」
「砂が落ちてるミルク」


最後の食事のメニューもこんな風にあっさり決まる。
全部うまく行くと彼らは強く確信しているから、迷うことが何もない。
一方は荷物を詰め、一方は小麦粉とミルクを練り合わせてホワイトソースを煮込んだ。

フォークをテーブルに突き立てれば三つの穴が並んで穿たれる。
食事ののろしが遠くであがった気配。


「頂きます」
「召し上がれ」
「それとさっきの話」
「走馬灯?」
「星」
「星の話なんて……ああ、した」
「だからシチューになったんだよ、忘れっぽいな」
「どうでもよかったからね」
「よくないよ」
「星なんてひとつで充分じゃない」


とんとんと肩を指でつつく。
にたりと笑った。


「……そう」
「それに空の方角もわからない」
「そうだコンパス、」
「は、いらないでしょ」
「御馳走様でした」
「お粗末様でした」

習作

 

気が狂いそうな神様たちが今日もそこかしこどこまでもそうだ、張り巡らされたテグス、張り詰めきったピアノ線、首に巻き付き手首を縛る。足首にかなげた真綿が締まる、きゅんきゅんと死にたくなる神様、気が狂いそうな神様たちのご都合に合わせましょう、料理を運ぶ、真綿が締まる、身動きがとれなくなって手を叩くのは神様の御意志、御心のままに、踊りちぎれる腕を生贄に、願望には鍵をかけ、血の滴るような哄笑、愛情、御覧あれ。夏がくる、神様が死んだ、まっすぐに落ちてゆくのに位置を合わせましょう、手を合わせましょう、笑って差し上げます、御心のままに。気の狂いそうな神様は、神様は自分だと、哄笑、愛情、完璧な顛末。

習作

山脈の手首にさくりと刃物をいれて、美しい水は無色透明、そういったものを掬って歩くのだわ。幼少の彼は少し舌が肥えすぎている。
このまま彼の足元からぬかるみはじめてもよかった、何度も死ぬのだ、一度くらいそうしてもよかった。薬指の関節がカタカタと音をたてる、緩やかに軋むのはいつも脳髄、左心房は濁を流す。濁、濁、濁。心音の本当のところです。彼の消えるリズムのはなしです。

私はあなたに嘘をつく必要がありません。ですから。

いつまでも父母の性交について考えていても仕方がないとはいえ、都合よく子宮【??胎内回帰??】のことだけを切り取ることができるはずがないでしょう。さあもっと浅ましく、浅ましいほど鮮やかだとは思いませんか。笑い転げて命を削る。嗜好について思考を巡らせ趣向を凝らせてそれは至高、薄ら汚くされてようやく世界に馴染む。
犯された膣のその奥に、やはりそれでも帰りたい、あなたの本質的な理解に手紙を書きましょう。

注ごう、山脈から絞ったものを。口をつけて奥へ、そして流しいれるから唇を濡らしておくれ。錆びた鉄釘はいまの彼には必要ない。樹々がざわめく噂話は決して悪口ではなく、でも褒められもしない、無関心が満ちる。
きっと彼はここで死ぬのだ、私が言うのだから確かなことよ。無関心に骨を晒す、乱雑に、その奥へ、さあ奥へ。
もうほとんど性交のように、彼は暴かれ続ける。やがてあなたも、私もう済ませました、次のやり方を選びにゆく。それでは、どうせ解脱の出来ないあなたの足元にて。